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節分 北野天満宮 [京都]

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節分 北野天満宮

 周知のように北野天満宮は讒訴により太宰府に配流されその地で没した(903年)菅原道真を祀る。清涼殿落雷事件(930年)を道真の祟(たた)りだとする朝廷の恐れが民間の御霊信仰と結びついたものだ。1587年には豊臣秀吉による北野大茶会がここで行われた。幕末に平田篤胤の影響を受けた尊攘派が大政奉還を実現させると、彼らが主導した新政府は近代日本を王政復古による祭政一致の国家とすることを基本精神とし、神道に基づく天皇崇拝の強制に乗り出した。※ 祭神が皇族でなく菅原道真である北野天満宮もこの影響を受け、1871年「宮」を名乗ることが禁止され「北野神社」と改名させられた(太宰府天満宮も同じ)。旧称の北野天満宮の呼称が復活するのは、敗戦による神道国家管理廃止後のことである。
※1889年の勅令第12号によって官立・私立の全ての学校での宗教教育が禁止されたが、明治政府は「神道は宗教ではない」として国家神道を教育の基礎とする「教育勅語」を発布(1890年)し、宗教・政治・教育を国家神道により一体化していった。丸山のいう「上からのファッシズム」はこの時から始まる。



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