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京都洛北貴船神社 [京都]

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京都洛北貴船神社

 夏は猛烈に暑い京都にあっても貴船は涼しいので、涼を求める人のために川床を設ける料理旅館が点在し人気がある。貴船(きふね)神社は清流に沿う街道を少し上がったところにあり今から約1600年前の創建というが真偽は不明だ。平安時代に歌人の和泉式部が参拝したという記録(「後拾遺和歌集」1086年)があるから、古い神社に違いはない。隣の鞍馬寺にある由岐神社が火の神を祭るのに対しこちらは高龗神(たかおかみのかみ)という水の神を祭る。本来は地元の水神、龍神信仰であったものが、朝廷と結び付き権威づけのため古事記や日本書紀に登場する神を祭神としたのだろう1.。

 一方これとは違って国により祭神を強制的に変更させられた神社がある。1868年(慶應3年)の王政復古以後、明治新政府は天皇を頂点とする祭政一致の国家構築を目指し※2.、翌年には全国の神社を伊勢神宮を頂点に序列化し国が管掌するところとした3. 続いて民間信仰禁止政策によって多くの神社の祭神を強制的に古事記や日本書紀などの皇統譜につながる神々に変更させたため、その神社古来の祭神が不明になってしまったのだ。

付言するとこの天皇崇拝と神社信仰を基軸とする「国家神道」を国民に浸透させるため、新政府はすべての宗教団体に加え落語家や歌人、俳人までも動員しての国民教化活動を展開した4. 後に天皇の威を借りた軍部とそれに迎合する官僚らによって「国家神道」が宗教的かつ政治的イデオロギーとして利用され国民を戦争へと駆り立てる原動力となったことは周知の通り。

※1.「日本書紀」では伊耶那岐(イザナギ)が迦具土神(カグツチノカミ)を斬って生じた神のうちの一柱が高龗神であるとしている。 「高」は山の上を指す言葉で「龗(おかみ)」とはの古語。龍は水や雨を司る神として古くから信仰されていた。

※2.1870年(明治3年)「大教宣布の詔」により天皇を神格化する神道を国教と定め、日本を祭政一致の国家とする方針を示した。

※3.1871年 太政官布告「官社以下定額及神官職員規則等」(明治55月)「郷社定則」(明治47月)により社寺の廃立、神職・僧侶の任命など社寺行政全般を国が統轄

※4.1872年「三条ノ教則」(明治54月)。
「敬神愛国」「天理人道の明示」「皇上奉戴」「朝旨遵守」を挙げ国民を教化しようとした。しかし廃仏毀釈による混乱や儒教仏教を重視する諸との軋轢、国学者間の意見対立、欧米諸国からのキリスト教弾圧停止要求などの要因で神道国教化の動きは停滞した。1889年の大日本帝国憲法では文面上信教の自由を明記したが、政府は「神道は宗教ではない」ので憲法の規定に抵触しないとの公式見解もと、神道・神社を他宗派の上位に置いた。また勅令第12号によって官立・市立全ての学校での宗教教育を禁止したが、国家神道は教育の基礎とされ、翌1890年には「教育勅語」が発布された。2017年の「森友学園」騒動で、今なおこの「教育勅語」を尊重する時代錯誤の政治家や教育者が存在することが明らかになったのは、耳新しい。



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